平成24年は、11月17日、一色区鐘鑄神社〜簔輪区十二代神社へ遷宮しました

祈願の原点 遷座祭が平成18年11月26日(日)の記録。

昭和63年3月22日県指定:御枡明神保存会公式サイト
 
御桝明神遷座祭(枡送り行事)    

 

          御 桝 明 神 保 存 会

          会長    松本 英一

 

御桝明神遷座祭は、江戸時代初期の元和九年(1623)より執行、と記録にあり、すでに平成26年現在、391年前から受継がれている行事です。

この御桝明神様のご神体は1升桝・5合桝・25勺桝を祀り農業の神として五穀豊穣・無病息災・地域無事安泰を祈願され現在まで継承されてきました。

現在は、御桝明神遷座祭(桝送り)は棚倉町福井区・玉野区・一色区と浅川町蓑輪区の4地区の順に3年毎に桝送り行事を執行し、桝送り行事には、送り當屋(区長)を受當屋(区長)が受け、受け當屋区では、御仮本殿を造営しなければならない。

御仮本殿は丸太で造営することと決められており、丸太を組んで高床式の茅ふき屋根で廻りには簾を下げる。

送り當屋では3年毎に御仮本殿に安置されていた御神体を神官により修祓の儀を執り行った後に送當屋が御神体を風呂敷に担ぎ送當屋宅の上座に安置する。

再び神官により修祓の儀を行なうその後直会となる。

1117日、送當屋においては、御神幸祭の儀を執行し、直会の後に花火の合図に出立。御神体は、昔からの慣習において、送當屋が風呂敷にて区境の中継点まで背負い、中継点にて引渡儀神事を行い受當屋に交代する。

受當屋地区の神社境内に造営された御仮本殿にご神体を安置し修祓の儀・神官祝詞奏上、遷座祭終了後に受當屋にて直会の儀を執行する。

送り當屋と受當屋の直会の献立は古くから七品と定めて継承されている。

昔からこの様に、そのままの姿が継承してきた行事は福島県内においてもこの地域に残るだけで全国にも数少ない珍しい行事とされていることから、昭和61年棚倉町重要無形民俗文化財に指定、昭和62年福島県重要無形民俗文化財に指定、平成15年に浅川町重要無形民俗文化財に指定され、平成21116日文化審議会(会長石沢良昭氏)が青木保文化庁長官に対し、『消滅の恐れがあるため、記録を残すべき無形民俗文化財』として選択するよう求めた。

国指定の大きな足がかりとなりました。伝統ある「御桝明神遷座祭行事」を絶やすことなく我々保存会として4地区と
協力とご支援により伝承して参ります。
連絡を取合って、棚倉町・浅川町のご支援ご協力を賜り、末永く未来へ伝承し

年代参考:幕府が人身売買禁止制度を制定(1625年
年代参考:棚倉城築城:(着工)寛永2年(1,625年)丹羽五朗左衛門長重公(にわごろうざいもんながしげ)。
年代参考:初代城主:元和8年(1622年)丹羽五朗左衛門長重公。
て参る所存です。

ソース提供QPONさん

パノラマ(10秒程 お待ち下さい)御仮屋:撮影平成21年1月18日    関連ブログへリンク

東白日報新聞協力 平成21年11月24日




茅を選別する作業(11月14日)

茅で職人による屋根葺き作業

昔ながらの菰(こも)編み作業
棚倉町玉野宇迦神社境内御仮屋は平成18年11月2日から建設が始められた。
茅約200束、延べ労働人数120人と20日を費やして11月22日完成しました。




2006年11月27日
福島民報新聞紹介

 桝送りの行事は平成18年11月26日(日)福井区當屋(頭屋)10時30分出達して玉野区宇迦神社境内の御借屋へ遷座しました。


高床式の御仮屋 
平成18年11月22日完成
玉野宇迦神社境内


御借屋は数々の変貌があり
現在の形姿になりました
記録には低床式の時代もあった
 
 現在の御仮屋は棚倉町玉野宇迦神社境内にあり、平成18年11月26日福井区から玉野区へ御神興して玉野区の御仮殿へ神座されました。


弘化2年
(1,845)記録より

 神幸帳記録[弘化2年の(1,845年)] 御仮場11と49カ村の記載。

※当時は、旧暦であった。現在の暦とは違を生じます。

※当時の村は現在の行政区にあたります。

平成18年11月26日遷宮祭 クリック

参考:明治時代の米作


平成25年5月27日 一部更新しました。